2011年 09月 06日
ピンチは夢に近づくチャンス! |
「ピンチで失ってしまった分、夢に近づくチャンスが訪れる」朝のドラマの中で、火事で焼け出された主人公が言ったセリフです。これを聞いて良い言葉だな~と思いながら、「そうだ!実は、私もこの言葉を実践したことがあったんだ!」そのことを急に思い出しました。
全国どこにでもある、寂れて空き店舗だらけの商店街を再生する方法はないか。そこで杉並区の議員だった私は、ゴールを明確にして街おこしをする「沖縄タウン」化計画を企画し、地元の商店街に話をしに行きました。今、思えば非常に失礼な次のようなやり取りで(反省してます!)、すべてが始まりました。
「この商店街は、何もしなければあと3年後、宅地化の波に飲み込まれ、無くなってしまう運命にあるのはお分かりですね。そこでこのピンチを逆手に取って、チャンスに変える!火事場の馬鹿力で「沖縄タウン」にして再生への挑戦をしませんか?」「失敗したらどうなるのですか?」「何もしないで寂れている現状が一番の失敗です。だから、これ以上の失敗はないのです。」「座して死を待つよりは・・・」こんなやり取りがスタートになり、1年後杉並区に「沖縄タウン」が出来たのでした。あれから、6年。商店街消滅間近というピンチを、夢を掴むチャンスに見事に変えて「沖縄タウン」は現在も元気に生き続けています。先日も、NHKの番組で30分も取り上げて頂いていました。
現在日本は、震災、原発、借金、円高、高齢化・・・戦後最大の危機を迎えていると言っても過言ではありません。そんな中、野田政権が誕生しました。このピンチを夢に近づくチャンスに変えられるか、新政権にはその手腕が問われています。
戦後焼け野原になった日本を訪れたヘレンケラーは、次の様なことを言いました。「日本は必ず再生できると信じています。人間にはいろいろな試練があります。この試練を克服するための、ただ一つ大切のもの、それは『信念』です。」沖縄タウンが成功できたのは、商店街を愛し、必ず再生できると信じる「信念」があったからです。野田政権にも「信念」を持って、日本再生のためぜひ頑張って頂きたいと切に願っています。
8月1日、とかしきなおみ国政報告会をさせて頂きました。

講師をお願しました「茂木敏充衆議院議員」です。

多くの皆様に参集頂き、本当にありがとうございました。

最後は、気合を入れて国政報告会が終わりました。

全国どこにでもある、寂れて空き店舗だらけの商店街を再生する方法はないか。そこで杉並区の議員だった私は、ゴールを明確にして街おこしをする「沖縄タウン」化計画を企画し、地元の商店街に話をしに行きました。今、思えば非常に失礼な次のようなやり取りで(反省してます!)、すべてが始まりました。
「この商店街は、何もしなければあと3年後、宅地化の波に飲み込まれ、無くなってしまう運命にあるのはお分かりですね。そこでこのピンチを逆手に取って、チャンスに変える!火事場の馬鹿力で「沖縄タウン」にして再生への挑戦をしませんか?」「失敗したらどうなるのですか?」「何もしないで寂れている現状が一番の失敗です。だから、これ以上の失敗はないのです。」「座して死を待つよりは・・・」こんなやり取りがスタートになり、1年後杉並区に「沖縄タウン」が出来たのでした。あれから、6年。商店街消滅間近というピンチを、夢を掴むチャンスに見事に変えて「沖縄タウン」は現在も元気に生き続けています。先日も、NHKの番組で30分も取り上げて頂いていました。
現在日本は、震災、原発、借金、円高、高齢化・・・戦後最大の危機を迎えていると言っても過言ではありません。そんな中、野田政権が誕生しました。このピンチを夢に近づくチャンスに変えられるか、新政権にはその手腕が問われています。
戦後焼け野原になった日本を訪れたヘレンケラーは、次の様なことを言いました。「日本は必ず再生できると信じています。人間にはいろいろな試練があります。この試練を克服するための、ただ一つ大切のもの、それは『信念』です。」沖縄タウンが成功できたのは、商店街を愛し、必ず再生できると信じる「信念」があったからです。野田政権にも「信念」を持って、日本再生のためぜひ頑張って頂きたいと切に願っています。
8月1日、とかしきなおみ国政報告会をさせて頂きました。

講師をお願しました「茂木敏充衆議院議員」です。

多くの皆様に参集頂き、本当にありがとうございました。

最後は、気合を入れて国政報告会が終わりました。

by naomitokashiki
| 2011-09-06 18:04
| 活動報告

