2006年 07月 26日
活動報告 |
国会が終わって1ヶ月以上が経ちました。現在の私は、地元大阪中心の生活にシフトしています。そこで今日は国会議員が地元でどんな活動をしているか、その一端をお話させて頂きます。
6月中旬には、大阪にてパーティーを開催しました。(写真をご覧になってください)何しろ私にとって地元大阪で行う初めてのパーティーなので、一体どれだけの方々にお越し頂けるか、正直開場の時間までハラハラドキドキの連続で、私にしては珍しく胃が痛くなるような体験をしました。
しかし、会場が500人余りの多くのお客様でいっぱいになったのを拝見して、不安だった分余計に嬉しく感じました。
中山太郎府連会長はじめ先輩や同期の国会議員、地元吹田市・摂津市選出の先生方、大阪府連青年局長初めメンバーの皆さん等々の方に多くお越しいただき、盛会のうちに終了することができました。パーティーに関しまして多くの方々に温かいお力添えを頂き、この場を借りまして厚く御礼申し上げます。
パーティー終了後は、事務所に戻りワールドカップ中継をプロジェクターで壁に映し出し、皆で大いに盛り上がりました!でも、サッカーは前半だけ得点が入り盛り上がったのですが・・・後半には10分には3点も取られ・・・無残な結果。そうあのオーストラリア戦の夜だったのです。パーティーは成功でしたが、サッカーは残念な結果となってしまいました。地元での活動で大きなウエイトを占めるのが、イベントへの参加です。週末ともなれば、5・6箇所のイベントの参加は当たり前ですが多い日には20箇所以上の会合に顔を出させて頂きます。


写真は、アメリカの独立記念日の記念祝賀会がユニバーサルスタジオで、そして地元で始まった盆踊りでの様子です。地元摂津の有名な産業のひとつ鳥飼の銘木町でのイベントでの写真、豊能広域子供救急センターを訪れた時の写真です。



子供救急センターは、小児科医の不足を広域で補い24時間対応できるように、豊中市、池田市、箕面市、吹田市、豊能町、能勢町の豊能4市2町が協力して、豊能広域こども急病センターを全国で初めて開設したものです。私は薬剤師なので、薬局を中心に視察をしてまわり、子供の医療体制の取組みの成功事例として勉強させて頂きました。ここでの白衣は、白でなくて、かわいい動物柄でした。こんな処にも、子供に対する配慮が感じられる温かい施設でした。
また最近訪れましたのは、作業所でした。障害者自立支援法の10月からの本格施行を前に障害者本人やご家族、職員の方々とお目にかかり、率直な意見を伺うために、私は2日間をかけて7カ所の作業所や福祉施設、病院を視察して回りました。「私に思いの丈をぶつけてください。私は政治家ですから皆様の声をエネルギーに、そして必ずその声を将来に渡って良い環境を創るための政策立案に活かします。すぐに効果が見えなくても絶望しないでください。政治とは諦めないことです。私は諦めずに努力することを誓います。」・・・・・・「これでは、自立どころか生活もできません」どこに行っても視察後の意見交換の場では不安や不満の声に満ち溢れ、私はサンドバックのようにひたすら打たれ続けるしかありませんでした。そんな突破口がまったく見い出せない中で、ある作業所を訪れた時、一筋の光となるビデオを見せて貰いました。その内容はアメリカでの障害者の就労の様子を収録した内容で、作業所以外で仕事をするのは無理と言われた知的障害を持った人が、市立病院での研修でボランティアの方とペアで仕事を担うことにより、徐々に自信を獲得して自立していく過程を描いていました。ビデオの最後に障害者の方が配属された上司が「チャンスは誰にでも与えられるべきです。出来る出来ないの判断はやってみてからすればいいのです。」とコメントしていたのが一番印象に残りました。障害者に自立を促すのは、出来ないと決めつけない環境としっかりとした応援体制の確立が重要である、と私は再認識しました。法律に温かい人間の血を通わせるのも政治家の大切な仕事です。障害者の方々の未来の為に行動を起こさなくてはと、決意を新たにした貴重な視察となりました。
by naomitokashiki
| 2006-07-26 11:52
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